痛ましい・・・

話題の映画「剣岳 点の記」。やはり大きなスクリーンで見なければ面白さも半減だろうと土曜日に映画館に行って見てきました。 死の山をイメージしてか美しいお花畑の映像は敢えて映していなかったようですが、大迫力の映像はやはり自宅でDVD鑑賞するものではありませんでした。行って良かった。 ムービーオンには八文字屋が併設されていますので、上映までの時間調整に本を調達。翌日曜日は家庭サービスと読書の日となったのでありました。 昨年暮れは世相を反映して蟹工船が流行ったようですが、今は太宰が人気のようで書店にはコーナーが作られてありました。かつて読んだ膨大な文庫の山は、自宅の建て替えの時に泣く泣くブックオフに出してしまったので、「人間失格」を再度読もうと思っても新たに求めなければならない。無駄遣いだなあと思いながらも仕方なく購入しました。 日曜日、湯殿山の予定を順延し朝のニュースを見ていると「蔵王・仙人沢で滑落、2人死亡 ハイキング中の園児と引率男性」のテロップが流れて来ました。もしや仙人沢の右岸、中丸山に続く谷側に傾斜した細くて滑りやすいあの悪路の急斜面を下ったのではと思ったら案の定そのようでありました。左岸を下る観音滝のコースが崩れて通行止めになっていたのでこちら方面に進んでしまったのか、それにしても楽しい子供会イベントでの何とも痛ましい事故でありました。合掌

ウスユキソウを訪ねて

lisonさんと庄内修験道の情報交換をしていたら「朝日に行きたい。ウスユキソウが恋しい・・・」というコメントを頂きました。 触発された私は居ても立ってもいられなくなり、草刈奉仕作業で今週は行けないというlisonさんにはとても申し訳ないのだが、単独で日暮沢から竜門まで日帰りピストンで行って参りました。 寒気が抜けないという厭らしい天気の為、早出早着で極力雷雨は避けようと日の出前の3:45出発。 県境稜線は残念ながらガスで展望は利かないが、目的のウスユキソウは見事な群落を作っておりました。 竜門小屋には7時頃到着したのですが、すでに小屋番さんを含め5名は7泊8日で三面コースの草刈に出かけた後。 よしっ!今年の秋は三面から登ろうか。 日暮沢到着が12:05。前日が雨だったこともあり、静かな静かな花の山旅でありました。

コマクサ、まだかな・・・

熊野十字路から北蔵王縦走路方向に少し下った所はコマクサの群生地。例年7月10日頃が見頃だが今年は何でも少し早いようなのでそろそろ咲き始めたかもと出かけてきました。 当初大森ゲレンデから上がろうかと思っていたのですが、少し楽をしようと横倉からに予定変更。 スキーパトロール棟に駐車させて頂いて、ゲレンデを上がって行く。写真左の赤い屋根の建物はアストリアホテル。 ゲレンデ最上部まで登ると隣のゲレンデとの連絡は横倉の壁を登るしかないので、リフト沿いに矢車草やアザミが繁茂する草藪を漕いで黒姫ゲレンデへと抜ける。半袖でこの時期の草藪漕ぎは嫌なので、予定通り大森から上がれば良かったかなあと後悔する。  ユートピアに着いて午前7時半。ここからは夏道をわさ小屋跡へと進むが、暑い!ここ数日は日中の最高気温が33℃を越えているが、今日も朝からぐんぐんと気温が上昇している。道の両側にはハクサンチドリ。  イロハ沼はワタスゲが盛り。風がなく少し立ち止まるとブヨが集ってくる。  灌木帯を抜け蔵王沢を右手に見下ろすようになると弱いながらも風が頬を撫でる。 地蔵の南斜面のトラバース道は一部崩れている。イワカガミが美しい。  熊野岳。  わさ小屋跡から熊野岳方向に少し進んで、振り返って見る地蔵山。      嗚呼、コマクサにはやっぱりまだ早かった。ほとんど蕾もまだの状況で、唯一開きそうなのがこの写真の株のみ。がっかり。  山頂で冷たいビールを飲み生き返る。北東には雁戸がもやっている。   爽やかな風が心地良くて少し長居をする。 下山は往路を戻るが、灌木帯に入ると暑くて敵わないため、今朝方急遽ザックに入れてきた扇子を取り出しあおぎながら下る。持って来て大正解であった。 この暑さの中、随分と登山者が上がってきた。   ユートピアからの下山は草藪漕ぎを避けてロープウェイ山麓線で下ることにする。軟弱だ~。

【追記】注連石(すみいし)について

今年の5月6日に行ってきた「注連石(すみいし)」についての大変貴重な情報を頂きましたのでお知らせします。

図書館で文献探しをしておりましたが、記述が全くなく八方ふさがりとなっておりました。 資料がなければあとは言い伝えしかないということで、地元の酒田市教育委員会文化課にすがる思いで問い合わせたところ次のような回答を頂きました。 ・注連石は、「注連石権現」として祀られているとのこと。《権現》と はすなわちカミ・ホトケの別なく祀るという意味であり、したがって明治の神仏分離よりずっと前よりあったことは推測されるが、しかし、言い伝えの文書 なども確認できず、詳しい謂れは分からない。 ・この場は山伏の修験場だったとのことで、およそ次のルートで修行した。  【注連石権現で修験 → 新山権現、相沢大権現で修験(旧平田町地域にあり) →鷹尾山】 ほかにも鷹尾山に至る経由ルートがあったと推測される。 ・ 「川南の羽黒」に対して「川北の鷹尾」という言葉がある。 ・ 石の周辺に剣があるが、昔、その周辺で砥石が取 れ、これで剣を磨いたとのこと。 ・鬼のカケハシについては良く分からないが、鬼の語源は「隠れる」という意味がある。  参考までに、辞典などを見ると「鬼」の字がつく地名には「離れた、隠れた」と いう内容が多いようだ。一例として宮城県の鬼首(おにこうべ)は「オニカベ (隠壁)」→「隠れた崖山の地」を指すという説を紹介する記事があった(日本地名辞典 新人物往来社)。 ・ 目に見えないものを指すことがあるそうだ。ま た、「鬼」という字の読みが「オニ」ならば江戸時代以降に名づけられたのではな いか。 それ以前は「オン」と読んだ。もっとも、同じ漢字 の読みが時代とともに変わることもあるから、実際にいつ名づけられたの かまでははっきりしない。 以上、地元の信仰・宗教にお詳しいF様からのお話しとのこと。  ご丁寧にも、F様の連絡先と、以前旧八幡町広報誌に紀行文が載ったことがあるとのことでPDFまで頂きました。 1986年8月「広報やわた」302号 http://inage.raindrop.jp/wbs/images/sumiisi.pdf F様、酒田市教育委員会文化課の方にはこの場を借りて再度御礼申し上げます。 なお、連石周辺は遭難事故が多く、ちょっとした油断が大事故につながる恐れがあるので、登山される際は十分に注意の上、無理はしないようにお願いいたします。皆さんで情報交換される場合はそのこともお伝えくださいとのことでありました。   なんとかつて観光パンフレットに載っていたとは驚きである。 さて「川北の鷹尾」というと現在酒田カントリークラブゴルフ場になっている鷹尾山か。 なになに「隆盛を誇り庄内地方に一大勢力を持っていた鷹尾山宝蔵寺は上杉景勝によって一山ことごとく没収された」? 新山権現、相沢大権現ってどこだ~? またまた興味の範囲が広がってきました。

ちょいと筍山

早起きして野暮用を早く済ませてお昼少し前に根曲がり竹を採りに出かけてきました。 時期的に少し早いかなと思うが、駐車場は満車でまさにお祭りでありました。どうやら今が盛りか。 クロモジに掴まりながら藪の急坂を上がっていくと「おっ、あるある!」。良い感じのアカダケがつんつん顔を出している。 1時間ほど経ちハケゴも一杯になったところで打ち止め。知人へのおすそ分け少々と2・3日食べる丁度良い収穫量だ。 採った人間が始末をするという妙なローカルルールを作られたため、帰宅後早速皮むきを始める。 焼筍の分を除いてこれだけを一気に剥くとなると親指の爪の間がおかしくなる。でも筍尽くしの晩酌、んまかった~。