天狗角力取山のこと

天狗角力取山に関する言い伝えを見つけましたのでご紹介します。 以下転載---------------------------------------------------------------------------------------------- 山形県の朝日連峰に、天狗の相撲取り山という山があるが、この名の起りは、その山の頂上に近いところに、天狗の相撲取り場という広場があって、ここでは、毎年正月、山形県下の天狗たちが集まってきて、相撲を取る行事があるという伝説から、つけられたものである。 筆者も、この山には数回登っているが、頂上近くに山小屋がありそれから、そらから百メートルほど登ったところに、この広場はある。確かに、直径七、八メートルぐらいの円形の平らな土地が、草一本はえていなくて、砂地になっており、その円形のふちを、ちょうど相撲場の土俵のように、石がずっと並んでいる。 山の案内人の話によると、この石を土俵の中に投げ入れておいても、いつの間にか、石は片づけられて、ふちの方に寄っている。そこで、これは、天狗さまが、相撲を取るのに都合が悪いので、片づけられるのだ、という話が伝わっている。 どうしてこのような相撲取り場が、出来上がったかというと、この場所は、両方に高い峰がそびえていて、ここだけが落ちくぼんでいるために、風の吹きぬける道になっている。 しかも、複雑な地形なので、風は単に吹きぬけるだけでなく、山にぶつかって、うずを巻く。そのために、いつもうずの中心部になる辺りが、草木がはえず砂地になり、小さな石が、土俵のたわらのように、この周辺に円形に散らばるわけである。 この辺は、カモシカの多いところで、筆者がここを訪れた時は、カモシカの足あとが、土俵の中に一面についていた。これは、その日、あまり風がなかったので、そのまま残されていたのであろう。 天狗笑いという話も山には多い。山の静けさの中に入っていると、一種の幻覚が起り、誰かが笑っているような声を感じることがある。昔の人は、それを天狗の笑い声と感じたのであろう。 ある春のこと、前に述べた天狗相撲取り山に、二人の若者が山菜採りに出かけた。ところが、天狗相撲取り山と、隣りの竜ヶ岳の間の沢には入ってはいけない、という言い伝えが村にはあった。そこは天狗さまたちの休み場所になっているからだ、ということだった。 だが二人の若者は、山菜採りに夢中になって、入って行った。そこは、人間が立ち入らない場所だったので、山菜が多く、二人は夢中になって、かご一杯摘み採った。すると、いつの間にか霧が立ち込めて来た。そして陽がさしてくると、霧の向こうに大きな天狗さまの影が現われた。天狗さまは、大きな声で、 「わらわらいげ!!」と、どなった。 わらわらいげ、とは山形弁で、早く立ち去れ、という意味である。 そこで二人の若者は、いつの間にか天狗さまの休み場所に入り込んでいたことに気づき、仰天して、せっかく摘み採った山菜のかごも、投げ出して、ころがるようにして里に逃げ帰ったという…… (「動物千一夜」戸川幸夫著 中央公論社)
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