城山へ

先日、野球のナイター練習をしてきた帰りに長谷堂でボワっと山の上が明るくなっている城山を見つけ、そう言えば天地人にあやかって長谷堂城跡をライトアップしていたことを思い出しました。仕事をお昼で終えた昨日、ちょっと廻って来ました。 1 それにしてもこの「天地人」人気というのは何なんでしょう。大して観光客はいないだろうと高をくくって来て見ると、本来の駐車場にはイベントのテントがかけてあり、周囲のあぜ道にびっしりと車が駐車されて停める場所がない。仕方なく近所の同業者の所まで戻り車を置かせて貰い城山まで歩きました。 駐車場まで来と、なんだ、お祭りだったんだ。道理でお祭り騒ぎな訳だ。結構な人出である。 お土産や屋台のテントが並んでいる。昼食がまだなので下山後に屋台の蕎麦でも食べようかと登り始める。 2 登り口の鳥居の所にストックが置いてあったが、結構急なので年配者にはありがたい。それっ婆ちゃん、ガンガレ~。 3 おお、ここから光を当てていたのか。 4 虎口近くの彼岸花。 5 城山山頂からは東と北の展望が良い。写真は中央が瀧山で右が蔵王。 6 山頂広場。北側からは重量感のある葉山と月山が少しだけ見えます。 7 往路を戻り下山すると蕎麦は売り切れとなっておりました。残念。 周囲を散策しているとどこからともなくキンモクセイの甘い香りが漂ってきました。すっかり秋ですねぇ~。

なんで、朝日に軍道?

 関東の山仲間に「何で、朝日連峰なんていう山ン中に軍道を作ったの?」と聞かれました。  丁度、(財)上山城管理公社・上山市観光協会・上山市観光課で配布している「慶長出羽合戦 兼続と義光とかみのやま」というパンフレットに、とてもわかりやすい地図があったのでご紹介します。 dewakassen マップを見ると置賜の上杉の領地から庄内の飛び地領に行くには朝日連峰を通らなければ、最上領か村上領を通るしかなかったということが一目瞭然です。現在のように道路が縦横に切られている訳ではないので、朝日の修験者が歩いていた尾根を拡幅するのが一番現実的だったのかもしれません。 その後、朝日町の大沼浮島稲荷神社別当の大行院(朝日修験の総元締め)より「上杉軍が朝日連峰の稜線を通り庄内に通じて最上藩を挟撃しようとしている」と最上義光に訴えられ、また関ヶ原の敗戦の仕置きで庄内領を没収されたことから廃れてしまったという事のようです。

夏と秋

爺さまに付き合ってトビタケを見に行って来ましたが、残念ながら収穫なし。 少し足をのばした沢の涼しげな流れが暑さを和らげてくれました。 薄が風に揺れて秋の景色です。

忘れじの山へ

私にとって南蔵王は、時間の余裕がない時にちょっと行って来ましたと言った、近過ぎる故にちゃんと歩いていない山域で、大抵屏風岳まで行って戻ってくる事が多く、忘れがちと言うか暫く山頂を踏んでいない忘れじの山「不忘山」に、お盆休みの8/15の半日を利用して行ってきました。 天気予報では晴れとのことだが自宅を出発する時は蔵王は雲の中。雨でないから良しとするかと車を走らせると猿倉スキー場から上は青空である。刈田峠駐車場には先客が独りいるが聞くと芝草平までとのこと。静かな山歩きが楽しめそうだ。 午前5時半、肌寒い位ひんやりとした中出発。エコーラインを下ってすぐから登山道の保護のため木道が設置され、ずぶずぶで長靴が必須だった以前の面影はなくなって随分と歩きやすい。杉が峰の手前にはミヤマシャジンが美しい。 山頂で軽く朝食を摂る。スタート時は真っ青な空だったが宮城県側から覆い始めうろこ雲が空一面に広がっている。 芝草平を散策するが終わったキンコウカとイワショウブくらいで少し寂しい。 屏風への登りは土留めが階段状に施され砕石が敷かれている。湿原への土砂の流出防止のためだが階段登りは苦手である。 屏風を過ぎ、水引入道への道を分けると花々に彩られた平坦道になる。アキノキリンソウに加えトモエシオガマ・ハクサンシャジン・ミヤマセンキュウ?も見られる。 南屏風から不忘間は乾性のお花畑でハクサンフウロ・クロトウヒレン・イブキジャコウソウ・ミヤマシャジン・ミヤマトリカブト等々が咲き競っている。そろそろ花も終わりかなとあまり期待しないで来たが大満足。不忘からの復路はスキー場から上がって来た方と水引入道分岐まで同行する。 下山は多くの登山客とスライドしたが早立ちのお陰で静かな山を楽しめ、暫くぶりに訪れた不忘山はやはり忘れじの山であった。

鬱々・・・

書類の山に埋もれて山に行けません。「どうせ天気も良くないから」などと誤魔化してみてもどうも鬱々と滅入ってしまいます。 ふたつ下の記事の朝日の花を眺めて気を紛らわせています。 さて、同様に天気が悪くて山に行けない貴方にささやかなプレゼント。思いっきり笑ってから深い溜息をついて下さいませ。